育成キャンセル界隈が増加する時代に、上司と部下のコミュニケーションをどう再設計するか

「最近の若手には、どこまで言っていいのかわからない」。
「余計なことを言ってしまうくらいなら黙っていたほうが安心」
「自分の仕事でいっぱいいっぱいでとても教える余裕はない」管理職やベテラン社員から、そんな声を聞く機会が増えました。
メディアでもよく取り上げられているいわゆる❝育成キャンセル界隈❞です。
もちろん、パワーハラスメントや人格を否定するような指導は許されるものではありません。相手の尊厳を傷つける言動は、世代や立場に関係なく見直されるべきです。
一方で、「厳しく言ったらハラスメントと思われるかもしれない」「注意したことで問題になったら困る」と考えるあまり、部下に必要な指導まで控えてしまう現象が起きているのも事実です。
これは、企業にとっては、人材育成の機能そのものが弱くなるという深刻な問題です。
「何も言わないこと」が、本当に優しさなのか
仕事には、本人が気づくまで待っていてはいけない場面があります。
顧客対応に問題があれば、その場で修正する必要があります。仕事の進め方に明らかな非効率な点があれば、経験者が改善方法を伝える必要があります。本人の成長につながる課題があれば、耳の痛いフィードバックをすることも必要でしょう。
ところが、「これを言ったら傷つくかもしれない」「辞めてしまったらどうしよう」「嫌われたくない」と考え続けると、上司は次第に無難な言葉しか使わなくなります。
「頑張っているね」
「また次回に期待しています」
「何かあったら相談して」
もちろん、こうした声掛けにも価値はあります。しかし、それだけでは人はなかなか成長しません。
育成には、承認だけでなく、期待を伝えること、課題を指摘すること、改善を求めることが必要です。
大切なのは、「相手を否定せずに、仕事については率直に伝える」というコミュニケーションなのです。
育成の場面でも相談相手が「AI」になっている
さらに最近、見過ごせない変化があります。
仕事上の悩みや人間関係について、上司や同僚ではなく、AIに相談する人が増えていることです。以前このブログでも管理職の6割が、仕事についての相談をAIにしたことがあるという題材をとりあげました。
AIは、いつでも相談でき、感情的な反応もありません。一見中立的な正しい意見を教えてくれそうな気もします。
「上司からこう言われたのですが、どう思いますか」
「この言い方はパワハラでしょうか」
「会社を辞めるべきでしょうか」
そんな問いに対して、AIは一定の整理や客観視を手助けしてくれます。
これは非常に手軽で誰にも負担をかけず便利な手段かもしれません。しかし、AIへの相談でこの根本的な問題のすべてを解決できるのでしょうか。
注目すべきは、なぜ人ではなくAIに相談するのか、という点です。
もし「職場の人には本音を話せない」「上司に相談すると評価に影響しそう」「同僚に話すと噂になる」と感じているのであれば、そこには組織のコミュニケーション上の課題があるかもしれません。
AIは相談相手にはなれても、職場そのものを変えることはできないのです。
世代間ギャップを理解することから始める
ここで重要になるのが、世代間ギャップを正しく理解することです。
「最近の若手は……」と自身の価値観で一括りにするのは適切ではありません。しかし同時に、世代によって育ってきた社会環境や仕事に対する価値観、コミュニケーションの方法が異なる現実があることを理解しておくことはとても重要です。
たとえば、中高年世代の中には、「仕事は見て覚える」「厳しく指導されることも成長のうち」「上司からの指摘にはまず従う」という環境で経験を積んできた人もいます。
一方、若い世代では、「なぜその仕事をするのかを説明してほしい」「納得したうえで取り組みたい」「プライベートと仕事を明確に分けたい」「一方的に叱られるより、具体的なフィードバックがほしい」と考える人も少なくありません。
問題は、お互いが自分たちの「当たり前」を相手にも当たり前だと思ってしまうことです。
ベテラン社員からすれば、「これくらい言わなくてもわかるだろう」と思っていることでも、新人にとっては説明が不足しているかもしれません。
逆に若手からすれば、「どうしてそんな言い方をするのだろう」と感じる言葉も、ベテランにとっては「期待しているからこその指導」である場合があります。
だからこそ必要なのは、世代間の違いをなくすことではなく、違いがあることを前提に、相手の価値観を理解することです。
「自分たちの時代はこうだった」だけでは、今の若手には伝わりません。
反対に、若手側も「古い考え方だから間違っている」と決めつけてしまえば、ベテランが持っている豊富な経験や知識を受け取る機会を失ってしまいます。
世代間ギャップを埋めるためには、「相手を変える」のではなく、「相手がなぜそう考えるのか」を知ることが第一歩になります。
解決の鍵は「外部の力」を借りること
このコミュニケーションを現場だけで改善するのは簡単ではありません。
長年の習慣や価値観は、本人の努力だけでは変わりにくいからです。
そこで有効なのが、外部研修やコーチングです。
たとえば管理職向けの研修では、ハラスメントを避けるための知識だけではなく、「世代による価値観の違いをどう理解するか」「適切な厳しさとは何か」「部下に改善を求めるとき、どのような言葉を使えばよいか」「フィードバックと人格否定の違いは何か」といった、実践的なコミュニケーションを扱うことが重要です。
また、若手社員に対しても、上司とのコミュニケーションの取り方や、フィードバックを成長につなげる方法を学ぶ機会が必要でしょう。
つまり、管理職だけを変えるのではなく、双方が相手の世代や立場を理解するための学習機会をつくることです。時には横のつながりや、同僚との共感も大切です。
さらにコーチングでは、上司自身が「なぜ自分は部下に言えなくなっているのか」「どんな場面で指導をためらうのか」を振り返ることができます。
第三者だからこそ、本音を話せることもあります。
「本当はもっと言いたい。でも怖くて言えない」
「自分の指導方法が古いのではないか」
「新入社員との距離感がわからない」
こうした葛藤を整理することから、より良いマネジメントが始まります。
これからの職場に必要なのは、「人材を育成できる会社」と「安心して相談できる会社」を両立することです。
AIに相談することも選択肢の一つでしょう。しかし、最終的に人を育てるのは、人と人との関係です。
ハラスメントを恐れるあまり、必要な指導まで失ってしまえば、若手の成長機会も、ベテランの経験を伝える機会も失われます。
だからこそ今、企業には「ハラスメントをなくす」という視点だけでなく、「健全なフィードバックを取り戻す」という視点が求められています。
世代間ギャップは、なくすものではありません。
むしろ、異なる世代が一緒に働くからこそ生まれる「違い」を理解し、それぞれの強みを活かしていくことが重要です。
「自分たちの時代はこうだった」から「今の世代はこういう背景があるのか」へ。
「最近の若手はわからない」から「どう伝えれば、この人には伝わるのか」へ。
その意識の変化こそが、これからの人材育成には必要なのではないでしょうか。
そして新人育成だけを目的とするのでなく、育てた上司に対しても適正な評価があれば本当の意味での人材育成が成立し❝育成キャンセル❞は減っていくかもしれませんね。



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